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  • SNSで炎上するいじめ問題を保健医療の視点から考える③大人が今すぐできる、いじめへの具体的な関わり方

    いじめ問題を前にすると、

    「何をすればいいのかわからない」

    と感じる大人は多い。

    しかし、大人の関わり方次第で、

    子どもが追い詰められるか、救われるかは大きく変わる。

    ここでは、保健医療の視点から、

    今すぐできる関わりを整理したい。

    ① 事実より先に「気持ち」を受け止める

    子どもがSOSを出したとき、

    大人が最初にやりがちな失敗は「事実確認」だ。

    何があったの? 本当なの? あなたにも原因があるんじゃない?

    これは、子どもの心を一気に閉ざす。

    まず必要なのは

    「つらかったね」「話してくれてありがとう」

    という気持ちの受容だ。

    ② 解決を急がない

    大人は早く「終わらせたい」。

    でも子どもに必要なのは、

    安心できる時間だ。

    泣いていい 何度同じ話をしてもいい 気持ちが揺れてもいい

    回復は一直線ではない。

    ③ 大人が「必ず守る」と言葉で伝える

    子どもは、

    「どうせ助けてもらえない」

    と感じた瞬間に絶望する。

    だから、大人ははっきり言う必要がある。

     あなたを守る

     ひとりにはしない

     何度でも助ける

    これは、甘やかしではない。

    命を守る行為だ。

    ④ 専門職につなぐことをためらわない

    眠れない

    食べられない

    自分を責め続ける

    これらは「気のせい」ではない。

    カウンセリングや医療、相談機関は、

    弱さの証明ではなく、回復のための手段だ。

    ⑤ 加害側の子どもにも「立ち直る道」を用意する

    加害行為をした子どもにも、

    学び直す機会 支え 見守る大人 が必要だ。

    罰だけで終わらせると、

    同じことは形を変えて繰り返される。

    ⑥子どもを守るのは、大人の責務と自覚する

    いじめをなくす責任は、

    子どもではなく、大人にある。

    社会の中で、

    子どもを守る覚悟を持つこと。

    それが、次の被害者を生まない。

    最後に

    いじめ対応は、あくまで目の前の問題解決に過ぎない。

    幼少期からの親や私たち大人たちの関わり、知識を持ち、愛情を与え、温かく見守る地域社会の体制が最も重要である。


    ※このブログでは、

    いじめ・炎上・子どもの心の問題、子どもの健やかな育ちのために必要な親や大人の責務ついて、

    保健医療の専門的視点から考えています。

    誰かを責めるためではなく、

    大人が知り、考え、行動するための場所です。

    〈プロフィール〉

    保健医療分野に携わってきた専門職。

    子ども・家族・地域の健康や心の問題に長く関わってきた。

    このブログでは、SNSの炎上や社会問題を、

    感情論ではなく、専門的視点から冷静に考えることを目的としている。

    誰かを断罪するためではなく、

    大人が知るべきこと、考えるべきことを言葉にしていきたい。

    ※特定の個人・事例を批判、擁護する意図はありません。

  • SNSで炎上するいじめ問題を保健医療の視点から考える② いじめ加害者をネットで叩くだけで、問題は解決するのか

    いじめ問題がSNSで炎上すると、

    加害者とされた子どもは、実名や顔写真、学校名までさらされ、

    激しいバッシングにさらされることがある。

    怒りが湧くのは自然なことだ。

    いじめは、ときに命を奪う行為であり、決して許されない。

    被害者の苦しみは、常に最優先で守られるべきだ。

    その前提に立ったうえで、

    「叩くこと」だけで、問題は本当に解決するのか。

    あとは、学校や教育委員会に任せれば、全てうまく解決するのだろうか。

    炎上の中でさらされる「加害者の子ども」

    すべての加害者に当てはまるわけではないが、

    保健医療や対人支援の現場では、

    いじめの加害に関わる子どもたちに、ある共通点を見ることが多い。

    ・自己肯定感が低い

    ・心が安定していない

    ・感情がうまく整理できない

    ・レジリエンス(立ち直る力)が弱い

    心が満たされていない状態で、

    自分の内側にある苛立ちや不安を処理できず、

    それが他者への攻撃として表に出てしまう。

    だからといって、行為が許されるわけではない。

    ただ、「なぜ起きたのか」を理解しなければ、

    同じことは繰り返される。

    バッシングだけで、子どもは立ち直れるのか

    SNSでの激しい非難は、

    大人でさえ心を壊すほどの威力を持つ。

    まして、

    自己肯定感が低く、

    感情の整理が未熟な子どもが、

    その矢面に立たされたらどうなるだろう。

    恐怖や自己否定が強まり、

    「自分は価値のない存在だ」という感覚だけが残る。

    それは反省ではなく、

    さらなる心の崩壊や社会や周囲の者への攻撃につながることが多い。

    反省と立ち直りが、再発を防ぐ

    再発防止や更生を考えるなら、

    叩くだけでは足りない。

    必要なのは、

    ・気持ちを理解する大人

    ・専門的なカウンセリング

    ・安全に立ち直るための支え

    問題を「次に起こさない」ための関わりだ。

    被害者の心を守る力は、幼少期からの親や大人の愛情、これからの大人の関わり方で育てられる

    一方で、被害者側にも忘れてはならない視点がある。

    もし、いじめを受けた場合、

    幼少期から

    ・大人との安定した関係

    ・安心してSOSを出せる経験

    ・感情を受け止めてもらった記憶

    こうした関わりがあると、

    傷ついたときでも助けを求めたり、心を回復させることに役立つ。

    心を回復させる力――

    レジリエンスだ。

    いじめという絶対に許されない行為を受け、傷ついたとしても、傷が深くならないように、また、その傷を早く癒す力があった方がもちろん良い。

    この時に私たち大人が忘れてはいけないことがある。

    子どもたちが、SOSを出したとき、

    大人が必ず助ける。

    大人が子どもを守る行動をとらなければ、

    勇気を振り絞り、必死の想いと期待する気持ちが、

    「どうせ誰も助けてくれない」という諦めと絶望に変わる。

    いじめに向き合う責任は、大人にある

    いじめを防ぐこと、

    起きてしまったときに対応すること、

    傷ついた心を回復させること。

    その責任は、

    子どもではなく、大人側にある。

    親、学校、地域、社会。

    大人が正しい知識を持ち、

    感情論だけでなく、子どもの心を理解して関わる。

    それが、

    被害者を守り、

    加害者を立ち直らせ、

    次の被害者を生まない唯一の道だ。

    私たち大人は、

    子どもを本当に守れる社会を、

    作れているだろうか。

    作っていかなければならない。

    最後に

    次のブログでは、大人が今すぐできる、いじめへの具体的な関わり方について書きたい。


    ※本記事は、いじめ行為を正当化するものではありません。

    被害者の苦しみを最優先で守る立場に立っています。

    同時に、再発防止と回復のためには、

    子どもの心の背景と、大人の関わりを考えることが不可欠だと考えています。

    〈プロフィール〉

    葉っぱたぬき 50歳

    保健医療分野に携わってきた専門職。

    このブログでは、SNSの炎上や社会問題を、

    感情論ではなく、専門的視点から冷静に考えることを目的としている。

    誰かを断罪するためではなく、

    大人が知るべきこと、考えるべきことを言葉にしていきたい。

    ※特定の個人・事例を批判、擁護する意図はありません。

  • どっちか論争 その① 和式トイレのレバー問題

    今日は少し汚い話をするので、そのつもりで読んでいただきたい。

    いきなりだが、和式トイレの水を流すレバー、かがんだ時に目の前にあるレバー、あれを皆さんは、手を使って流していますか? それとも、足を使って流していますか?

    実はこれ、「手で流す派」と、「足で流す派」がいる。

    この両派が出会った時、お互いに衝撃を受ける。

    お互いに、「ええー!?」と驚いて顔を見合う。

    打ち明けた時は、手で流す派は、世の人々に疑心暗鬼になり、足で流す派は、行儀の悪さと手でやるのが本当だよね、との良心のかしゃくから、多少の罪悪感を覚える。

    私は足で流す派だが、子どもたちに聞くと、手で流す派だった。

    もちろん、お互いに衝撃を受けた。

    現実を知った子どもたちは、今では、足で流す派に変わったようだ。

    手で流す派は、きっと誰もが手で流していると信じてやまないと思う。

    そんな純粋な人たちに、私は教えてあげたい。

    あれは、足で流す派がいる、ということを。

    だって、誰もが手で流していると信じているから、手で流す派は、自分の手がひどく汚染された自覚がない。

    そのため、トイレ後の手洗いが、入念ではない可能性がある。

    これは、足で流す派からしたら、死活問題で、恐怖でしかない。

    だって足で流す派は、レバーが最強に汚いと思っている。

    実際に、めちゃくちゃ汚いと私は思っている。

    そんな手で流す派、足で流す派が混在していたら、学校や職場など、集団の場では、汚染が広がり、不衛生である。

    それに本来の正しい使い方、手で流す派が、裏切られていることを、可哀想に思う。

    だから、私は、学校のトイレは、足で流しましょう、と周知して欲しい。

    私は声を大にして言いたい。

    純粋な僕たち、私たちよ。

    あれは足で流す派がいるから、足で流した方がいいよ。