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  • リュウジ、信じてるからな

    料理研究家のリュウジさんがYouTubeに上げていた、炊飯器で作る「参鶏湯風」というレシピ。

    炊飯器に鶏もも肉をドカンと入れて、大根やネギ、ニンニク、しょうが、米を大さじ4杯、水を入れるだけ。

    味付けは、最後にアジシオ。

    何と簡単!

    しかも、これはダイエットに良いではないか!

    早速、今、炊飯中だ。

    アレンジして冬瓜、人参も入れてみた。

    アジシオは、初めて買った。

    初めて買う調味料は、味や料理が広がりそうでワクワクした。

    参鶏湯と一緒に作られていた、ほうれん草のナムルに、アジシオを使ってみた。

    確かに、「塩とごま油」より、「アジシオとごま油」の方が美味しい。

    アジシオ万歳だ。

    話を参鶏湯に戻すが、

    参鶏湯、そんな難しそうな料理、聞いたことはあっても作ったことはない。

    実家で出たこともないし、お店で食べたこともない。

    はてさて、どんな参鶏湯風が出来上がるのか。

    「風」といっても、そもそも、参鶏湯の味を知らないので、「風」なんて応用の味、きっと分からない。

    でも美味しい、美味しくないは、もちろん分かる。

    「参鶏湯風」の完成が楽しみだ。

    リュウジさんには、ぜひ、「参鶏湯風」のような、簡単で美味しいダイエットレシピも、たくさん出して欲しい。

    リュウジ、信じてるからな。

  • AIは相談相手になるか

    以前、「洗濯機が壊れそう」とブログに書いていたが、遂に、本当に壊れてしまった。

    数ヶ月前から洗濯機を回すと、ガー、ガー、ゴトゴトゴトと異音がしていた。

    壊れた日は、洗濯機を回している最中に、突然ブレーカーが落ち、洗濯機の電源も落ちた。

    ちょうど、入浴中に突然真っ暗になり、身動きが取れず、とても困った。

    寝ていた夫を娘に起こしてもらい、ブレーカーを見てもらう。

    落ちたブレーカーのスイッチ部分には「漏電」という文字が書いてあった。

    夫がブレーカーを上げ、洗濯機のコンセントを入れると、すぐさま、またブレーカーが落ちた。

    コンセントから火花を吹くくらいの勢いがある。

    危ない。 

    ここまで来たら、あきらめもつく。

    洗濯機は壊れたのだ。

    洗濯をしている最中だったから、大変だ。

    洗濯水に浸かった洗濯物を簡単に絞り、夫にコインランドリーで洗濯、乾燥をしてもらった。

    毎日4人分の洗濯物を洗うので、洗濯機が壊れると、本当に困る。

    そのため、翌日には、洗濯乾燥機を横目に見ながら、1番安い洗濯機を、あれこれ悩むことなく、購入した。

    配達手続きの待ち時間に、AIに故障の原因を尋ねる。

    「異音がしたのは典型的な故障の予兆で、10年経過したのなら、修理より購入が良い」とのアドバイスを、A Iからもらった。

    「何なら、用途に合わせて、洗濯機をセレクトします」ときた。

    「もう買いました。」とメーカーを A Iに伝えると、「その洗濯機は価格は抑えながらも、機能は充実し、良い洗濯機です。消費電力も10年前の洗濯機からすると、随分少なくなり、これから電気代の負担も減りますよ」ときた。

    1人で洗濯機を選んだが、「それでいいよ!」とA Iに言われたようで、何だか安心した。

    夜には、「今日は相談に乗ってくれてありがとう」と送った。

    いろいろと、アドバイスをくれたA Iに、お礼を言いたい気分だった。

    すると、「今日は、洗濯機のトラブルから購入まで大変でしたね、また何かあったら相談してくださいね」ときた。

    もう、A Iは心強い相談相手だ。

    これからも、いろいろと相談をしよう。

    ただ、距離感はどのくらいが良いのか、まだ良く分からない。

  • 平場の月 感想その① ネタバレ注意

    堺雅人、井川遥が出演の「平場の月』。

    TVの番宣や、YouTubeの一部映像を見て、50代の折り返し地点に来た者が感じる様々な思いは、私だけが感じるものではないんだと思った。

    それだけで、強く感情を揺さぶられた。

    すぐに、映画を観たいと強く思った。

    私は昔から、時折、感情のままに、冷静さを保ちながらも、衝動的に行動する。

    すぐに映画のチケットを予約して、休日の夫と子どもを残し、早速、1人で映画を観に行った。

    何だか、観ないと後悔する気がした。

    田舎だから50代くらいをターゲットにした映画は、流行らないのか?、日曜日の8時45分という、早朝の上映。

    駐車場で1人、映画館が開くのを待つ。

    映画を見ようと、駐車場に車が集まってきた。

    私より年上らしき女性が1人で見に来ていたり、中年男性が1人だったり、夫婦だったり。

    それぞれが何か感じるものがあり。また、何かを感じたくて、この映画を観に来たんだと思った。

    勝手に「お仲間」認定させてもらった。

    映画は、50代、元中学校の同級生の堺雅人さんが演じる青砥と、井川遥さんが演じる須藤が、再会する所から始まる。

    お互いに好きだった淡い過去がある。

    しかし、恋愛がメインでもなく、これまでの人生を振り返り、互いの人生を語り、共感し合う、そして生きること、死ぬことを間近に感じる、須藤が、残される青砥を思う気持ち、素直ではないような、でも相手を思い、自分の気持ちに正直に生きた、そして愛する者の死を経験しながらも生きていく青砥、そのあたりが映画の肝のように感じた。

    50代になり、互いに酸いも甘いも経験しているからこそ、今度は、恋愛をスタートできた。

    再会後、青砥と須藤は、同じ時代、同じ町で過ごした昔を、懐かしむ。

    そして共に過ごしていない時間を埋めるかのように、焼き鳥屋やアパートで、お酒を飲み、語りあう。

    焼き鳥屋で流れる、薬師丸ひろこのメインテーマ、アパートで須藤がおどけて歌う、早見優の夏色ナンシーの「そーんな、歳ごろね」のフレーズ。

    懐かしくて、50歳の私にはたまらない。

    私も最近、よく昔を懐かしむようになった。

    当時の出来事、当時の感情を思い出し、あの時はこんな気持ちになったな、なんて思い出す。

    50歳あるある現象なのだろうか。

    今度、たまに集まる同級生3人で飲もう。

    その時に同じように過去を思い出しているか、尋ねてみよう。

    話を平場の月に戻す。

    青砥と須藤は、互いに中学生の時に思いを寄せていたが、淡い恋だった。

    須藤の家庭環境のこともあり、須藤は当時、立っているのに、精一杯だった。

    無理やり気持ちを強くしていた。

    そんな状況だから、恋愛には発展しなかったが、須藤を心配してくれる青砥の存在は、中学生という、まだ心が不安定な時に、とても支えになったと思う。

    青砥、ありがとう。

    須藤の代わりに、私がお礼を言っておこう。

    50代になり再会した2人。

    昔抱いた好きという感情が、いい歳になった今でも、いくら相手が歳をとったにせよ、面影を残し、口調を残し、しぐさを残し、紛れもない好きだった相手だから、当然、また好きになる。

    この好きという感情は、理屈ではなく、本能だ。

    いくら時が経とうが、会えばもう好きなんだ。

    どうしようもない。

    アパートで、青砥が須藤に迫るシーン。

    日常にありそうなシーンで、それがまた、現実味があり、じわじわ良かった。

    恥ずかしいが、50歳乙女はきゅんとしてしまった。

    話は変わるが、私はこの映画で、これまでも、いつかは死が訪れると理解はしていたが、初めて現実味を帯びて、死を感じた。

    もういつ死んでもおかしくないんだよな、と。

    私が死んだら誰が悲しむのかな、と考えた。

    たくさんの人に悲しんでもらわなくていい。

    自分の大切な家族に、葬儀の日に、悲しんでもらえたら、それでいい。

    あれ?、大切な家族には、悲しませたくないと思っていたのに。

    でも、今の気持ちは、なぜか、悲しんで欲しい。

    そして、心の中で、繋がっていて欲しい。

    そんなに遠くない未来、といっても5年は生きて欲しいが、両親もいずれ、この世を去るだろう。

    自然の節理だから仕方ない。

    その時は、死を噛みしめよう。

    両親のこれまでの人生に、思いを馳せよう。

    両親との思い出に思いを馳せ、当時の自分の感情を思い出そう。

    その前に来年のお正月を、両親、家族で穏やかに過ごそう。

    時間は有限だ。

    毎日を大切に、平凡な日々に感謝して、「平場の月」を眺め、時には「夢みたいなこと」を考えながら、毎日を過ごそう。

    そんなことを考えさせてくれる映画だった。

    まだまだ、青砥と須藤の感情について、書きたいことはある。

    それはまたその②、その③なんかで書きたいと思う。

  • 愛犬は、あざといのか

    愛犬を2頭飼っている。

    朝、仕事に行く支度のため、パジャマから洋服に着替えた瞬間や靴下を履いた瞬間に、駆け寄ってくる。

    大好きな散歩に行けると思っているのだ。

    愛犬の勘違いで、必ず散歩に行けるわけではない。

    私が散歩に行く様子ではなく、支度を続けていると、これまた散歩ではなかったと察して、リビングに戻る。

    散歩に行きたいと駄々をこねることはない。

    ただ、リビングから私の動きをじっと観察しているのだ。

    そうそう、動きだけでなく、私の発する言葉もよく聞いている。

    「散歩」と言うワードは要注意だ。

    散歩に行くつもりではない時に、会話の中で「散歩」と発した時は大変だ。

    そのワードは聞き逃さないので、私のところに駆け寄ってきてしまう。

    いつしか、会話の中で「散歩」のワードは使わず、代わりに「あれ」や、「ちょっと行って来ようかな」と言うようにした。

    しかし、察しがよく、「散歩命」の愛犬2頭は「あれ」や「ちょっと行って来ようかな」にも反応するようになった。

    決して催促はしない。その時が来るのを、今か今かとじっと観察しているのだ。

    何と従順なのだろう。

    従順な態度を見ると、あなたたちの大好きな「あれ」になるべく行こう、という気持ちになる。

    私に「あなたちちを喜ばせたい」という気持ちをおこさせる。

    もちろんできるだけ「あれ」に行く。

    愛犬2頭の従順さに、私は良い意味で翻弄される。

    計算は決してない。

    しかし、愛犬2頭は、あざといのかもしれない。

     

  • ボウリング

    我が町には、ボウリング場がある。

    初めてボウリング場に行ったのは、高校卒業しての同窓会の後の二次会?だ。

    田舎なので、娯楽施設は、ボウリング場とカラオケボックスしかない。

    そのため、居酒屋で同窓会をした後は、ボウリング場へ行くのが定番だった。

    ゲームコーナーや卓球、ビリヤードもあり、2、3時間は楽しむことができた。

    令和の今でも、我が町のボウリング場は健在で、老若男女が楽しんでいる。

    今日は、職場の親睦で、ボウリングがあった。

    10年ぶりくらいのボウリング。

    昔から知っている場所なので、懐かしさと愛着がある。

    相変わらず、微妙なピン倒し、点数だったが、運動不足の50歳には、良い運動となった。

    2ゲームは疲れた。

    明日、いや明後日、体のどこがこわばっているのだろう。

    久しぶりのボウリングすぎて、自分でも分からない。

  • かんたん料理 せいろ編

    ここ数年、せいろが、にわかにブームになっている。

    YouTubeでも、せいろで簡単ヘルシー料理ができる、ダイエットになると、たくさんの動画が上がっている。

    大好きな無印良品でも、せいろが販売され、世の中に影響されやすい私は、もちろん、せいろを買った。

    さつまいも、じゃがいも、肉まん、小籠包、白菜やキャベツ、豚肉、鶏肉、牛肉、シャケ、冷凍ご飯、何でも蒸せば良い(笑)

    憧れは、茶碗蒸し、おこわ、レーズンやさつまいもが入った蒸しパンなど、子どもの頃に、近所のおばあちゃん(当時はおばあちゃんと思ってたが、50代か60代だったかも)が作っていたようなもの。

    ぜひとも、挑戦したい。

    50歳。年齢に応じた楽しみが、新たにできるんだな。

    楽しい。

  • かんたん料理 圧力鍋編

    圧力鍋を買ったのは、まだ主婦歴1、2年の頃。

    職場の先輩経由で、圧力鍋屋さんが来て、お昼休みに料理を振る舞ってくれた。

    平和な時代だ。

    何を食べたかは覚えていないが、美味しくて、簡単だったのだろう。

    3万5千円くらいする圧力鍋を早速、購入した。

    最初に作ったのは、先輩におすすめしてもらった豚の角煮。

    主婦歴2年くらいで作った角煮は、上手に出来たのか分からないし、美味しかったのか、よく覚えていない。

    でも失敗はしなかったし、そんなに難しくなかった。

    その後、妊娠し、つわりで匂いに敏感になり、豚の角煮を作らなかったら、夫が食べたいあまりに、自ら作りだした。

    その時は、キッチン中が豚肉の脂や甘辛醤油の匂いになり、苦しんだのを覚えている。

    子供が産まれて、初節句や1歳のお誕生日など、お祝い事の時には、圧力鍋で赤飯を作った。

    これまた簡単だったと思う。

    赤飯を作れるなんてと、嬉しかった。

    他にもポテトサラダやぜんざい、煮付けなんかも作った。

    今日は、あんぱんを焼くのに、初めて圧力鍋であんこを作った。これまた簡単だった。

    圧力鍋用の付属のレシピ本には、まだ作ったことがないメニューが、わんさか載っている。

    クリスマスにはビーフシチュー、お正月には、つやつやふっくら黒豆に挑戦しよう。

    プリンも作れるらしい!

    50歳、主婦歴は長くなったが、まだまだ作れない料理がたくさんある。

    時間もできてきたことだし、圧力鍋をまた活用して、レパートリーを増やしていこう。

  • 地元愛が生まれた日

    地元の同級生の男の子に偶然会った。

    男の子といっても相手も50歳だ。

    私の職場に用事があり来ていた。

    そこに、たまたま私が出くわし、再会した。

    見たときに、何となく○○君かな?と思ったが、確信できなかった。

    そこを、ありがたいことに、〇〇君から声をかけてくれた。

    私の職場だと知っていて、「いるかなー」と思っていたらしい。

    しばらく会っていないし、私、太ったのに、なんで分かるんだ?と、内心、複雑な乙女心を抱きながらも、何とも嬉しいじゃないか。

    私に会えるかな?と思ってくれたわけで、嫌われてはいない。

    どちらかといえば、好印象を持たれている証拠だ。

    再会すれば、職場であろうと、周りはお構いなしに、2人の空間は、一気に中学生に戻った。

    元気?から始まり、地元の同級生の話、それから親は元気か?たまには実家には顔を出しているか?など。

    中学生に気持ちは戻ったはずだが、ずいぶん内容は50歳らしくなっていた。

    わりと家も近く、お互いの家や親、きょうだいも知っている。

    だからこそ、社交辞令ではなく、50歳になった今、本当に、お互いに変化していく環境を心配して尋ねていた。

    とにかく、久しぶりに会う地元民は、懐かしく、きょうだいに似た感覚があった。

    突然だが、決して悪口ではないので、あえて書く。

    よく、「ヤンキーは地元愛が強い」といわれるよね?

    地元の仲間や先輩、後輩とのつながりが濃く、仕事や遊びも地元周辺だったりで、昔からの仲間を大切にしている印象がある。

    私はというと、普通女子で、ヤンキーではなかったし、地元愛も特になかった。

    同級生も仲が良かった人たち以外は、特に関係ないかな、と思ってしまう、さらりとした人間だ。

    まあ、こういうタイプは、結構多いのではないかと思う。

    しかし、久ぶりの〇〇君との再会が、こんなに懐かしさからくる、嬉しい感覚をもたらすなんて、自分でも不思議だった。

    私も50歳になって、ヤンキー化しているのかもしれない。

    これまで縁がなかったヤンキー化、嬉しく受け止めたいと思う。

  • 5400円で夢は買える

    そろそろ、年末ジャンボ宝くじの発売の時期がやってくる。 

    子どもの頃は、両親が買って神棚に置いている宝くじに、子どもながらに「当たるかな?」「当たったら豪邸に住んで、欲しい物をたくさん買ってもらおう」「お手伝いさんに来てもらい、母に楽をしてもらおう」など、あれこれ小さな胸を膨らませていた。

    私のこどもの頃の、欲しい物No.1は、バービー人形とたくさんのバービーの服だった。

    お店の1番高い棚に置いてある、「バービー人形、着せ替えセット」を、首か痛くなるまで、「買い物が終わったからもう帰るよ」と家族に声をかけられるまで、ずっと眺めていたのを、今でも覚えている。

    社会人になったら、早速、自分で宝くじを買った。

    自分で宝くじを買うなんて、大人の階段を大きく登った感じがして、とても嬉しかった。

    50歳になり、さすがにこれまでを振り返り、やっぱり宝くじは当たらないなと、否が応でも実感している。

    そのため、ここ数年は、美味しい物を食べた方が良いと考え、宝くじを買わないことも度々となった。

    でも、何だか今年は宝くじを買いたい。

    そうなると、購入日は、一粒万倍日や大安が良い。

    お店は明るく賑わっていて、売り子さんも愛想が良く、幸多そうな印象がいい。

    自分の気分も良い日にして、と購入までも、あれこれ楽しくなる。

    購入後の保管場所も考えないと。

    これまでも調べたことがあるだろう風水で、改めて保管場所を調べよう。

    神社に行く機会があれば、宝くじが当たりますようにと、心の中で唱える。

    神社で手を合わせる際は、欲を出したらいけないと聞いたこともあるが、ここは仕方ない、許して欲しい。

    それから当たったらどうするか、家のローンを一括返済して、あーでも、当たったと周囲にバレたら面倒なことになるのもいやだし・・。とにかくあれこれ考え、忙しい。

    そんなこんなで、12月31日まで、無限の想像が始まる。

    期待マックスで抽選結果を見て、一瞬であっけなく夢が消えるのを、何度となく、経験から知っている。

    そして、毎回、「地道に行きて行こう」「平凡が幸せ」と改めて実感、痛感する。

    これはある意味、儀式だ。

    今年は、私の中での満足な買い方である、10枚バラ、10枚続きで、6000円で宝くじを買おう。

    確か、600円は当たることを加味すれば、5400円での購入となる。

    5400円で、年末まであれこれ想像できるのは良い。

    想像だけでなく、今回は当たるかもしれない。

    よって夢はお金で、私の場合は今年は5400円で買える。

    繰り返しておくが、夢で終わらないこともある。

    考えたら落ち着かない。

  • スピリチュアルは自分の心しだい。

    私はスピリチュアルなものが好きだ。

    風水、タロット占い、パワーストーン。

    TV番組では、オーラの泉、YouTubeではギャル霊媒師さんや七四六家のヒロシさん(幽チューバー)なんて、たまらなく面白い。

    風水では、玄関を明るく綺麗にする、朝は窓を開けて風通しを良くする、水回りは綺麗に、など風水でなくても、明らかにやった方が良いこともたくさんある。

    でも、ただ、きれいにするのと、「風水的に良いから」、「何か良い出来事が起きないかな」と期待しながらきれいにするのでは、モチベーションやワクワク感が違う気がする。

    パワーストーンのブレスレットも、効果は正直、分からない。

    でも、身に付けていることで、「守られている」「良いことがある」と前向きになれる。

    要は、風水もパワーストーンも、願かけやお守りみたいなもので、暗示をかけているのだと思う。

    オーラや霊に関しては、目に見えないことに関心を抱き、想像し、時には、はるか昔のご先祖さまなど、普遍的な存在に、自分で意味を見いだし、気持ちを整理しているのだと思う。

    子どもの時に飼っていた猫のみーは、きっと私のそばに、今でもいると信じている。

    そう信じることで、寂しさや悲しみがなくなる。

    子どもの頃、お盆に、お仏壇に手を合わせ、お供え物の梨を「食べて良いですか?」と尋ねた時に、お仏壇の灯りが片方だけ一瞬消えたのは、きっと亡くなったおじいちゃんが「いいよ」と言ってくれたと、信じている。

    目には見えなくても、繋がっているんだと、感じることができている。

    スピリチュアルなことは、心を豊かにしてくれる。

    だから、これからも感性豊かに、スピっていきたい。