
SNSでいじめ問題が炎上している。
加害者が、他人を傷つける行為の根底には、
「自分と他人の境界線」がうまく保てていない
ということが考えられる。
今日は、保健医療分野や子育て支援に携わってきた者として、「自分と他人の境界線」を中心に、
いじめ問題を紐解いていく。
罰だけでは、いじめは解決しない
SNSでいじめ問題が炎上すると、
「許せない」「一生許すな」「徹底的に叩け」
そんな言葉があふれる。
その怒りは、決して間違っていない。
いじめは、人の心や命を奪う行為であり、決して許されるものではない。
ただ、断罪の言葉だけで、いじめはなくなるだろうか。
第2のいじめ、第3のいじめが、あらゆる所で発生し、ただ、モグラ叩きをしている状態になってしまわないだろうか。
罰は、一時的にいじめを解消しても、長い目で見た時に、世間からいじめをなくすことにはつながらない。
いじめ加害者の心は、幸せではない
いじめを行う子どもの心は、決して安定していない。
そこには多くの場合、苛立ち、不安、満たされなさがある。
暴力や言葉の攻撃は、表面上は「強さ」や「楽しさ」の表れかもしれない。
だが、深層部分では、心の苦しさの表れであることが少なくない。
これは、いじめを正当化する話ではない。
いじめは決して許されない行為だ。
ただ、背景を理解しなければ、同じことは繰り返される。
暴力は「境界線が守れない状態」
他人を傷つける行為の根底には、「自分と他人の境界線」がうまく保てていない状態がある。
どこまでが自分で どこからが相手の絶対的な領域か。
相手の心や身体は侵してはいけないものだという感覚
これらは、生まれつき備わっているものではない。
境界線は、幼少期に大人との関わりの中で学ぶ
境界線は、幼少期に親や周囲の大人との関係の中で、少しずつ身についていく。
自分は大切にされている存在だ 、同じように、他人も大切な存在だ
この体験の積み重ねが、「相手を尊重する感覚」を育てる。
もしその感覚を十分に感じる機会がなかった場合、悪意ではなく、知らないまま成長してしまうこともある。
愛情は、自己肯定感と思いやりの土台になる
幼少期の親の安定した関わりは、愛情を育てる。
愛情は、自己肯定感、感情の豊かさ、思いやりや相手との境界線の理解の土台となる。
決して親の愛情が足りなかったから、と親の関わりを責めている訳ではない。
なぜなら、親も、かつては子どもだったから。
その時、愛情をもらえたか、それは以前は子どもだった現在の親にはどうしようもないことだ。
大切なのは、子どもへの愛情は、子どもの生涯にわたる心の土台作りになることを、理解することから始めることだ。
知識や支援がなければ、誰にでも難しい。
親を責めない。大人が理解し、関わり直すことが必要
親を責めても、いじめはなくならない。
必要なのは、幼少期からの親や周囲の大人からの愛情が、子どもの生涯にわたる心の土台を作り、豊かな人生への道標になることを理解し、子どもへの関わりを見直すことだ。
子どもは、環境と関係性の中で変わる。
だからこそ、大人の理解と関わりが欠かせない。
最後に
次のブログでは、いじめ加害者をネットで叩くだけで解決するのか、炎上と子どもの心、今後のいじめ対策としての私たち大人の責務について、専門的に考えていく。
※本記事は、いじめ行為を正当化するものではありません。
被害者の苦しみを最優先で守る立場に立っています。
同時に、再発防止と回復のためには、
子どもの心の背景と、大人の関わりを考えることが不可欠だと考えています。
〈プロフィール〉
葉っぱたぬき 50歳
保健医療分野に携わってきた専門職。
子ども・家族・地域の健康や心の問題に長く関わってきた。
このブログでは、SNSの炎上や社会問題を、
感情論ではなく、専門的視点から冷静に考えることを目的としている。
誰かを断罪するためではなく、
大人が知るべきこと、考えるべきことを言葉にしていきたい。
※特定の個人・事例を批判、擁護する意図はありません。