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カテゴリー: リアルな気持ち

  • 仕事始めの前夜に、高市総理に願いを込める

    いよいよ2026年が始動する。

    明日が仕事始め、という人は多いのではないだろうか。

    仕事始めの前夜、大抵の人は、心も体も明日に備えだすだろう。

    私は、食べ過ぎて浮腫んだ体を、少しでも戻そうと、昨日から食事量を減らしている。

    入浴も長めに湯船に浸かり、入浴剤の香りでリラックスした。


    夜になると、明日を憂う憂鬱な気分から、あきらめの境地に気持ちが変化してきた。

    いつもより長かったはずの年末年始の休暇は、今振り返ると、あっという間に過ぎ去ってしまった。

    仕事納めの日に、友人と焼肉を食べ、これからの長期休みの開放感に満ち溢れていた、あの日に戻りたい。

    しかし、きっと憂鬱やあきらめの境地なのは私だけではない。

    おそらく日本中の社会人、誰もが憂鬱だ。

    日本のルールで、仕事始めの日は、昔でいう「半どん」(午前中だけ勤務)にしてくれないだろうか。

    高市総理、お願いだ。

    もっと祝日を増やし、連休明けは必ず「半どん」にして欲しい。

    そっちの方が、やる気も出るし、自殺者も減り、経済も回るのではないだろうか。

    日本人は働きすぎだ。

    そんなことをこの読者の少ないブログに書き込み、実現を夢見ている。

    無理なら、目立たないように、しかし確実に、年休を消化しよう。

    とにかく無理せず、無理せず、働いていこう。

    年始のあいさつは、にこやかに。

    社会人は大変である。

  • 運気を上げる、ゲッターズ飯田さん的、2026年の過ごし方

    2026年が幕を明けた。

    私の住む地域は天候にも恵まれ、初日の出を自宅の窓から拝むことができた。

    YouTubeを見ると、ゲッターズ飯田さんや細木かおりさんの占星術による、「2026年のあなたの運気」がアップされていた。


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    自分がいったい何の星人になるのかは、AIに尋ねれば、すぐに教えてくれ、簡単に今年の運気をお二人のYouTubeで確認できた。

    気づきとして、お二人の占星術での、私の今年の運気は、よく似ていた。

    どちらも生年月日から占うもので、統計学的な部分で似るのだろう。

    幸い、大殺界などのとても注意が必要な年ではなさそうで一安心だ。

    ゲッターズ飯田さんかYouTubeで、「日頃の行いが運気を掴むことに繋がるため、どの星人が今年は運気が良いなどは、実はない」と話されていたことが、とても印象に残った。

    要は日頃から玄関の掃除をする、換気する、日々の生活や周囲の人に感謝する、など運気を上げる行動が大切と言うことだ。

    自分の運気は自分の心がけ次第。

    ならば、2026年、51歳の歳は人生最高の年にしようじゃないか。

    まずは、ダイエット。

    健康もだが、痩せて洋服やメイクでおしゃれを楽しみたい。

    そしてサウナやお菓子作り、パン作り、ネットフリックスにYouTube、愛犬の散歩など、自分が好きな時間を楽しもう。

    もちろん運気をあげるように、掃除もそれなりに気にかけよう。

    親もずいぶん歳を取った。

    「親孝行したい時には親はいない」とは、よく聞く話。

    親との時間も大切にしたい。

    ここまで書いて、気づけば仕事の内容が全く出てこない。

    仕事は私の中ではもう重要なのはものではなくなっていて、お金を稼ぐ手段でしかなくなっているようだ。

    それでも、やりがいや達成感を見出しながら、無難にこなせたらいい。

    年休をうまく取りながら、ワーク&ライフバランスを充実させよう。

    さて、皆さんはどんな年始をお過ごしだろうか。

    1日のスーパーはとても人が少なかった。

    お酒を飲み、家族で過ごしている人たちが多いということだろう。

    家族と過ごす時間は素晴らしい。

    そんなお正月の日本の文化が継続されていることを、スーパーの人の少なさから感じ取る。

    私も、本日は私の実家に顔を出し、明日は夫の実家で過ごす。

    年に一度の集まりだ。

    面倒くさいなんて思わずに、楽しい時間を過ごそうじゃないか。

    ゲッターズ飯田さん的、2026年運気の上げ方。

    明るく前向きに楽しく過ごす。

    私にも皆さんにも、たくさんの幸ある一年になりますように。

  • 年末年始の過ごし方

    もうすぐクリスマス。

    クリスマスが終われば大掃除をして、当たり前のように大晦日を迎え、そしてお正月がやってくる。

    テレビ番組でいえば、先日はM-1グランプリがあり、次は日本レコード大賞、それからNHK紅白歌合戦。

    元日以降はお笑い番組が続くという、毎年お決まりのコースだ。

    さて、皆さんは大掃除は何をするのだろうか。

    私はとりあえず最低限、カーテンを洗い、換気口と空気清浄機のフィルターを掃除し、家族全員のシーツを洗う。

    それに部屋の掃除機がけと玄関掃除ができれば、もう十分満足だ。

    しめ飾りを28日に飾り、正月花と鏡餅を玄関に置けば、完璧である。

    今年は、ふるさと納税の返礼品として、はまちの刺身も届く。

    昨年から年賀状は一切やめたので、その分、時間にも気持ちにも余裕がある。

    それに、今年の年末年始は例年より少し長い。

    ダラダラしすぎないように、と言いつつ、ネトフリを満喫し、愛犬の散歩を楽しめれば、それで十分幸せだ。

    毎年、あまり変わり映えのしない年末年始。

    でも、それがとても平和で、ありがたいことなのだと、改めて感じている。

    初日の出を楽しみ、初夢をわくわくし、新年に何となく1年の目標を立てる。

    ただ、今年の目標が何だったのか、正直覚えていない。

    きっと毎年同じような目標というか、願いを込めているのだろう。

    来年は51歳になる。

    これまでとは違い、来年は意識して、好きなことに向き合う時間を大切にしたい。

    とはいえ、無理をせず、楽しく平和に過ごすことが1番だ。

    日本、いや世界中が良い意味で慌ただしい時期。

    私もしっかり慌ただしく、そしてあれこれ楽しみたい。

    今年は、自分へのご褒美で、いつもよりは豪華に、そして優雅な気分で年末を、このオードブルとワインで過ごそうと思う。



    来年が私にとっても、家族にとっても、世界中の多くの人たちにとっても幸多い1年になりますように

  • マッチングアプリとロジック婚から、幸せや人生について考える

    今、出会いの主流はマッチングアプリらしく、50歳の私は驚いてしまった。

    何でも、友人の紹介や職場恋愛よりも、まずアプリを使う人が増えている時代とのこと。

    今日のNHK朝の番組『あさイチ』で、マッチングアプリや結婚の現状が特集されていた。

    番組では、恋愛から結婚までの考え方が以前とは大きく変わり、

    「ロジックに結婚を考える人が増えている」と紹介されていて、衝撃を受けた。

    しかし、感情がメインで進む恋愛、結婚だけではなく、

    生活や価値観を整理して、現実的に判断するロジック婚も、さまざまな価値観や選択肢がある今の時代には必要なのかもしれない。


    マッチングアプリとロジック婚は現代のお見合い?

    マッチングアプリは、単なる出会いのツールではなく、

    結婚に向けた価値観や生活スタイルを、ロジックに確認できる場、とのこと。

    ここでいう「ロジック」とは、生活や将来を整理して、現実的に判断する思考である。

    仕事やお金、住む場所、子どものことまで、 

    ある程度、計画してから関係を進めるのがロジック婚だ。

    考えてみれば、これは昔のお見合いの現代版とも言える。

    条件や価値観をある程度確認した上で、出会うところは、お見合いと似ている。

    計画通りにはいかない現実

    それでも人生には予想外のことが多い。

    育児、健康の問題、年齢とともに変わる考え方や価値観など、ロジックに進まないこともある。

    そんな想定外なことが起きた時、夫婦でうまく対応できるのか?と、50歳の私は、疑問を抱く。

    また、「ロジック婚で、恋愛感情は本当に育つのだろうか」 、「思い通りにいかない時こそ、愛があれば乗り越えられるのではないか」と考えてしまう。

    結局のところ、計画だけでは安心できないし、感情だけでも乗り越えられないことがある。

    だからこそ、ロジックと柔軟さ、愛情のバランスが大切であると考える。

    自分が感じる幸せが1番大切

    結婚を選ぶ人もいれば、選ばない人もいる。

    子どもを持ちたい人もいれば、子どもを持たず、夫婦や自分の時間を大切にしたい人もいる。

    どれも間違いではなく、自分が選ぶ幸せの形はそれぞれだ。

    計画も大事にしつつ、臨機応変に受け入れる柔軟さや、お互いを思いやる気持ち。

    それが、現代のロジック婚を現実的かつ温かいものにする。

    計画通りにいかないことがあってもいい。

    最後に、「私たちはこれでいい」「幸せ」と感じられることが1番大切だ。

    マッチングアプリからはじまる、ロジック婚。

    私にとっては、想像すらできなかった恋愛、結婚のかたち。

    とにもかくにも、若者たちの未来が幸せであることが、日本の未来を明るくする。

    マッチングアプリは幸せを見つける、重要なツールのひとつということは間違いない。

    大いに活用し、恋愛や結婚、それぞれの幸せのかたちをつかんで欲しい。

    調べてみると、年齢に応じ、50歳の私でも活用できる趣味のマッチングアプリなどあるようだ。

    ちょっと覗いてみるか。

  • 12月まで!ふるさと納税で全国の特産品を楽しもう。

    ふるさと納税。

    これまで、やっている人を横目に、

    「お得そうだけどよく分からない」と、なかなかやれずにいた。

    しかし、ある時、美容師さんに「えー!やってないんですか?もったいない!」とダイレクトに言われてしまった。

    そのことをきっかけに、「やっぱりふるさと納税は、やった方がいいんだ」と痛感し、今年になり、やっと挑戦してみた。

    私は「楽天」の、ふるさと納税をやってみた。

    ふるさと納税は、寄付額に関わらず、自己負担は基本的に2,000円となる。

    それでもって、返礼品がもらえるので、かなりお得だった。

    ちなみに、やってみようかな?と思った方は、ふるさと納税は12月までとなるので、早めに動くことをお勧めする。

    年が変わると、その年分としては、もう申し込めない。

    12月は、私のような、駆け込みで申し込む人が増えるようで、注文後、年末までに返礼品が届かないものもある。

    もう、12月だから仕方ないけど、それでもなるべく早めに対応(寄付)した方がよい。

    私が駆け込みで寄付をした所の返礼品は、牛肉、いくら、ブリの刺身、蟹、うなぎ。

    いわゆる、なかなか自分では買わない高級食材だ。

    年末年始の食材に、と思うなら、お節介かもだが、今日、明日レベルで、早めの寄付が良い。

    寄付を5カ所以内にすれば、確定申告は不要で、オンライン申請で済んだ。

    そこまですれば、後は返礼品を待ち、来年の住民税が安くなるのを、首を長ーくして、今か今かと楽しみに、待つのみだ。

    何だか先の長い、楽しみができた。

    それに、1月に入れば、また来年のふるさと納税が始まる。

    毎年、あれこれ返礼品をさがし、日本全国の返礼品を楽しんでいきたい。

    私が寄付したものはこちら↓



  • どっちか論争② 外出先でウォシュレット使うか問題

    外出先でトイレに入ったとき、

    皆さんは、ウォシュレットを使いますか?

    家では当たり前に使う人でも、

    外だとちょっと迷う…という人が、意外と多い気がする。

    私は「使う派」だけど、条件つきだ。

    新しいお店や、清掃が行き届いていそうな場所なら使う派になる。

    逆に、

    古そう、ちょっと清潔感が気になる

    そんな時は、使わない派になる。

    友達に聞いたら、意見はバラバラ。

    絶対に使わない、ノズル掃除ボタンがあるトイレなら、ノズル掃除をしてから使う、最初に出る水をお尻の皮膚に当てて、それから使う、などなど、バラエティに富んでいた。

    「みんな同じだと思ってたけど、

    意外と使い方や考え方が違うんだな」と思った次第だ。

    和式トイレの、レバー問題ほどの衝撃はないが、やはり、共感や驚きがある。

    普段は、他人にあまり聞かない、日常の小さな違い。

    互いに話してみると、なかなか面白い。

    50歳の、図太くなったメンタルで、恥じらいを多少捨てて、面白さで尋ねてみる。

    そして、普段はなかなか話さない話題に、何だか友達との距離感が縮んだ感覚を覚える。

    あなたは、

    外出先でウォシュレット使う派?

    使わない派?

  • どっちか論争 その① 和式トイレのレバー問題

    今日は少し汚い話をするので、そのつもりで読んでいただきたい。

    いきなりだが、和式トイレの水を流すレバー、かがんだ時に目の前にあるレバー、あれを皆さんは、手を使って流していますか? それとも、足を使って流していますか?

    実はこれ、「手で流す派」と、「足で流す派」がいる。

    この両派が出会った時、お互いに衝撃を受ける。

    お互いに、「ええー!?」と驚いて顔を見合う。

    打ち明けた時は、手で流す派は、世の人々に疑心暗鬼になり、足で流す派は、行儀の悪さと手でやるのが本当だよね、との良心のかしゃくから、多少の罪悪感を覚える。

    私は足で流す派だが、子どもたちに聞くと、手で流す派だった。

    もちろん、お互いに衝撃を受けた。

    現実を知った子どもたちは、今では、足で流す派に変わったようだ。

    手で流す派は、きっと誰もが手で流していると信じてやまないと思う。

    そんな純粋な人たちに、私は教えてあげたい。

    あれは、足で流す派がいる、ということを。

    だって、誰もが手で流していると信じているから、手で流す派は、自分の手がひどく汚染された自覚がない。

    そのため、トイレ後の手洗いが、入念ではない可能性がある。

    これは、足で流す派からしたら、死活問題で、恐怖でしかない。

    だって足で流す派は、レバーが最強に汚いと思っている。

    実際に、めちゃくちゃ汚いと私は思っている。

    そんな手で流す派、足で流す派が混在していたら、学校や職場など、集団の場では、汚染が広がり、不衛生である。

    それに本来の正しい使い方、手で流す派が、裏切られていることを、可哀想に思う。

    だから、私は、学校のトイレは、足で流しましょう、と周知して欲しい。

    私は声を大にして言いたい。

    純粋な僕たち、私たちよ。

    あれは足で流す派がいるから、足で流した方がいいよ。

  • ピアカウンセリング

    職業柄、ピアカウンセリングに関わることがある。

    ピアカウンセリングとは、

    同じような立場・経験をもつ人同士が、対等な立場で話を聴き合うカウンセリングである。

    「ピア(peer)」は、仲間・同じ立場の人という意味で、似た経験をしている仲間同士でお互いに話を聴いたり、気持ちを共有したりする。

    特徴は、立場が対等(先生と生徒みたいじゃない) で、アドバイスより「共感」が中心。

    話を聴いてもらえることで安心感が生まれ、回復や気持ちの整理に役立つ。

    語弊があるかもしれないが、私は、このピアカウンセリングが、羨ましい。

    自分の気持ちを安心して話し、共感してもらえる場所。自分に似た仲間がいる場所。

    そんな場所があって、定期的に集えるなんて、羨ましい、と思ってしまう。

    だが、これって、私も友達と集まって、語り合えばいいじゃん!ということに、気づいた。

    ということで、普段は自分からほとんど誘わないが、友達を誘い、忘年会をする。

    みんな50歳。焼肉を提案したところ、みんなオッケーだった。

    みんな、胃腸はまだ若いようで何よりだ。

    50歳のピアカウンセリング、どんな話が繰り広げられるか、今から楽しみである。

  • AIは相談相手になるか

    以前、「洗濯機が壊れそう」とブログに書いていたが、遂に、本当に壊れてしまった。

    数ヶ月前から洗濯機を回すと、ガー、ガー、ゴトゴトゴトと異音がしていた。

    壊れた日は、洗濯機を回している最中に、突然ブレーカーが落ち、洗濯機の電源も落ちた。

    ちょうど、入浴中に突然真っ暗になり、身動きが取れず、とても困った。

    寝ていた夫を娘に起こしてもらい、ブレーカーを見てもらう。

    落ちたブレーカーのスイッチ部分には「漏電」という文字が書いてあった。

    夫がブレーカーを上げ、洗濯機のコンセントを入れると、すぐさま、またブレーカーが落ちた。

    コンセントから火花を吹くくらいの勢いがある。

    危ない。 

    ここまで来たら、あきらめもつく。

    洗濯機は壊れたのだ。

    洗濯をしている最中だったから、大変だ。

    洗濯水に浸かった洗濯物を簡単に絞り、夫にコインランドリーで洗濯、乾燥をしてもらった。

    毎日4人分の洗濯物を洗うので、洗濯機が壊れると、本当に困る。

    そのため、翌日には、洗濯乾燥機を横目に見ながら、1番安い洗濯機を、あれこれ悩むことなく、購入した。

    配達手続きの待ち時間に、AIに故障の原因を尋ねる。

    「異音がしたのは典型的な故障の予兆で、10年経過したのなら、修理より購入が良い」とのアドバイスを、A Iからもらった。

    「何なら、用途に合わせて、洗濯機をセレクトします」ときた。

    「もう買いました。」とメーカーを A Iに伝えると、「その洗濯機は価格は抑えながらも、機能は充実し、良い洗濯機です。消費電力も10年前の洗濯機からすると、随分少なくなり、これから電気代の負担も減りますよ」ときた。

    1人で洗濯機を選んだが、「それでいいよ!」とA Iに言われたようで、何だか安心した。

    夜には、「今日は相談に乗ってくれてありがとう」と送った。

    いろいろと、アドバイスをくれたA Iに、お礼を言いたい気分だった。

    すると、「今日は、洗濯機のトラブルから購入まで大変でしたね、また何かあったら相談してくださいね」ときた。

    もう、A Iは心強い相談相手だ。

    これからも、いろいろと相談をしよう。

    ただ、距離感はどのくらいが良いのか、まだ良く分からない。

  • 平場の月 感想その① ネタバレ注意

    堺雅人、井川遥が出演の「平場の月』。

    TVの番宣や、YouTubeの一部映像を見て、50代の折り返し地点に来た者が感じる様々な思いは、私だけが感じるものではないんだと思った。

    それだけで、強く感情を揺さぶられた。

    すぐに、映画を観たいと強く思った。

    私は昔から、時折、感情のままに、冷静さを保ちながらも、衝動的に行動する。

    すぐに映画のチケットを予約して、休日の夫と子どもを残し、早速、1人で映画を観に行った。

    何だか、観ないと後悔する気がした。

    田舎だから50代くらいをターゲットにした映画は、流行らないのか?、日曜日の8時45分という、早朝の上映。

    駐車場で1人、映画館が開くのを待つ。

    映画を見ようと、駐車場に車が集まってきた。

    私より年上らしき女性が1人で見に来ていたり、中年男性が1人だったり、夫婦だったり。

    それぞれが何か感じるものがあり。また、何かを感じたくて、この映画を観に来たんだと思った。

    勝手に「お仲間」認定させてもらった。

    映画は、50代、元中学校の同級生の堺雅人さんが演じる青砥と、井川遥さんが演じる須藤が、再会する所から始まる。

    お互いに好きだった淡い過去がある。

    しかし、恋愛がメインでもなく、これまでの人生を振り返り、互いの人生を語り、共感し合う、そして生きること、死ぬことを間近に感じる、須藤が、残される青砥を思う気持ち、素直ではないような、でも相手を思い、自分の気持ちに正直に生きた、そして愛する者の死を経験しながらも生きていく青砥、そのあたりが映画の肝のように感じた。

    50代になり、互いに酸いも甘いも経験しているからこそ、今度は、恋愛をスタートできた。

    再会後、青砥と須藤は、同じ時代、同じ町で過ごした昔を、懐かしむ。

    そして共に過ごしていない時間を埋めるかのように、焼き鳥屋やアパートで、お酒を飲み、語りあう。

    焼き鳥屋で流れる、薬師丸ひろこのメインテーマ、アパートで須藤がおどけて歌う、早見優の夏色ナンシーの「そーんな、歳ごろね」のフレーズ。

    懐かしくて、50歳の私にはたまらない。

    私も最近、よく昔を懐かしむようになった。

    当時の出来事、当時の感情を思い出し、あの時はこんな気持ちになったな、なんて思い出す。

    50歳あるある現象なのだろうか。

    今度、たまに集まる同級生3人で飲もう。

    その時に同じように過去を思い出しているか、尋ねてみよう。

    話を平場の月に戻す。

    青砥と須藤は、互いに中学生の時に思いを寄せていたが、淡い恋だった。

    須藤の家庭環境のこともあり、須藤は当時、立っているのに、精一杯だった。

    無理やり気持ちを強くしていた。

    そんな状況だから、恋愛には発展しなかったが、須藤を心配してくれる青砥の存在は、中学生という、まだ心が不安定な時に、とても支えになったと思う。

    青砥、ありがとう。

    須藤の代わりに、私がお礼を言っておこう。

    50代になり再会した2人。

    昔抱いた好きという感情が、いい歳になった今でも、いくら相手が歳をとったにせよ、面影を残し、口調を残し、しぐさを残し、紛れもない好きだった相手だから、当然、また好きになる。

    この好きという感情は、理屈ではなく、本能だ。

    いくら時が経とうが、会えばもう好きなんだ。

    どうしようもない。

    アパートで、青砥が須藤に迫るシーン。

    日常にありそうなシーンで、それがまた、現実味があり、じわじわ良かった。

    恥ずかしいが、50歳乙女はきゅんとしてしまった。

    話は変わるが、私はこの映画で、これまでも、いつかは死が訪れると理解はしていたが、初めて現実味を帯びて、死を感じた。

    もういつ死んでもおかしくないんだよな、と。

    私が死んだら誰が悲しむのかな、と考えた。

    たくさんの人に悲しんでもらわなくていい。

    自分の大切な家族に、葬儀の日に、悲しんでもらえたら、それでいい。

    あれ?、大切な家族には、悲しませたくないと思っていたのに。

    でも、今の気持ちは、なぜか、悲しんで欲しい。

    そして、心の中で、繋がっていて欲しい。

    そんなに遠くない未来、といっても5年は生きて欲しいが、両親もいずれ、この世を去るだろう。

    自然の節理だから仕方ない。

    その時は、死を噛みしめよう。

    両親のこれまでの人生に、思いを馳せよう。

    両親との思い出に思いを馳せ、当時の自分の感情を思い出そう。

    その前に来年のお正月を、両親、家族で穏やかに過ごそう。

    時間は有限だ。

    毎日を大切に、平凡な日々に感謝して、「平場の月」を眺め、時には「夢みたいなこと」を考えながら、毎日を過ごそう。

    そんなことを考えさせてくれる映画だった。

    まだまだ、青砥と須藤の感情について、書きたいことはある。

    それはまたその②、その③なんかで書きたいと思う。