カテゴリー: リアルな気持ち

  • SNSで炎上するいじめ問題を保健医療の視点から考える③大人が今すぐできる、いじめへの具体的な関わり方

    いじめ問題を前にすると、

    「何をすればいいのかわからない」

    と感じる大人は多い。

    しかし、大人の関わり方次第で、

    子どもが追い詰められるか、救われるかは大きく変わる。

    ここでは、保健医療の視点から、

    今すぐできる関わりを整理したい。

    ① 事実より先に「気持ち」を受け止める

    子どもがSOSを出したとき、

    大人が最初にやりがちな失敗は「事実確認」だ。

    何があったの? 本当なの? あなたにも原因があるんじゃない?

    これは、子どもの心を一気に閉ざす。

    まず必要なのは

    「つらかったね」「話してくれてありがとう」

    という気持ちの受容だ。

    ② 解決を急がない

    大人は早く「終わらせたい」。

    でも子どもに必要なのは、

    安心できる時間だ。

    泣いていい 何度同じ話をしてもいい 気持ちが揺れてもいい

    回復は一直線ではない。

    ③ 大人が「必ず守る」と言葉で伝える

    子どもは、

    「どうせ助けてもらえない」

    と感じた瞬間に絶望する。

    だから、大人ははっきり言う必要がある。

     あなたを守る

     ひとりにはしない

     何度でも助ける

    これは、甘やかしではない。

    命を守る行為だ。

    ④ 専門職につなぐことをためらわない

    眠れない

    食べられない

    自分を責め続ける

    これらは「気のせい」ではない。

    カウンセリングや医療、相談機関は、

    弱さの証明ではなく、回復のための手段だ。

    ⑤ 加害側の子どもにも「立ち直る道」を用意する

    加害行為をした子どもにも、

    学び直す機会 支え 見守る大人 が必要だ。

    罰だけで終わらせると、

    同じことは形を変えて繰り返される。

    ⑥子どもを守るのは、大人の責務と自覚する

    いじめをなくす責任は、

    子どもではなく、大人にある。

    社会の中で、

    子どもを守る覚悟を持つこと。

    それが、次の被害者を生まない。

    最後に

    いじめ対応は、あくまで目の前の問題解決に過ぎない。

    幼少期からの親や私たち大人たちの関わり、知識を持ち、愛情を与え、温かく見守る地域社会の体制が最も重要である。


    ※このブログでは、

    いじめ・炎上・子どもの心の問題、子どもの健やかな育ちのために必要な親や大人の責務ついて、

    保健医療の専門的視点から考えています。

    誰かを責めるためではなく、

    大人が知り、考え、行動するための場所です。

    〈プロフィール〉

    保健医療分野に携わってきた専門職。

    子ども・家族・地域の健康や心の問題に長く関わってきた。

    このブログでは、SNSの炎上や社会問題を、

    感情論ではなく、専門的視点から冷静に考えることを目的としている。

    誰かを断罪するためではなく、

    大人が知るべきこと、考えるべきことを言葉にしていきたい。

    ※特定の個人・事例を批判、擁護する意図はありません。

  • SNSで炎上するいじめ問題を保健医療の視点から考える② いじめ加害者をネットで叩くだけで、問題は解決するのか

    いじめ問題がSNSで炎上すると、

    加害者とされた子どもは、実名や顔写真、学校名までさらされ、

    激しいバッシングにさらされることがある。

    怒りが湧くのは自然なことだ。

    いじめは、ときに命を奪う行為であり、決して許されない。

    被害者の苦しみは、常に最優先で守られるべきだ。

    その前提に立ったうえで、

    「叩くこと」だけで、問題は本当に解決するのか。

    あとは、学校や教育委員会に任せれば、全てうまく解決するのだろうか。

    炎上の中でさらされる「加害者の子ども」

    すべての加害者に当てはまるわけではないが、

    保健医療や対人支援の現場では、

    いじめの加害に関わる子どもたちに、ある共通点を見ることが多い。

    ・自己肯定感が低い

    ・心が安定していない

    ・感情がうまく整理できない

    ・レジリエンス(立ち直る力)が弱い

    心が満たされていない状態で、

    自分の内側にある苛立ちや不安を処理できず、

    それが他者への攻撃として表に出てしまう。

    だからといって、行為が許されるわけではない。

    ただ、「なぜ起きたのか」を理解しなければ、

    同じことは繰り返される。

    バッシングだけで、子どもは立ち直れるのか

    SNSでの激しい非難は、

    大人でさえ心を壊すほどの威力を持つ。

    まして、

    自己肯定感が低く、

    感情の整理が未熟な子どもが、

    その矢面に立たされたらどうなるだろう。

    恐怖や自己否定が強まり、

    「自分は価値のない存在だ」という感覚だけが残る。

    それは反省ではなく、

    さらなる心の崩壊や社会や周囲の者への攻撃につながることが多い。

    反省と立ち直りが、再発を防ぐ

    再発防止や更生を考えるなら、

    叩くだけでは足りない。

    必要なのは、

    ・気持ちを理解する大人

    ・専門的なカウンセリング

    ・安全に立ち直るための支え

    問題を「次に起こさない」ための関わりだ。

    被害者の心を守る力は、幼少期からの親や大人の愛情、これからの大人の関わり方で育てられる

    一方で、被害者側にも忘れてはならない視点がある。

    もし、いじめを受けた場合、

    幼少期から

    ・大人との安定した関係

    ・安心してSOSを出せる経験

    ・感情を受け止めてもらった記憶

    こうした関わりがあると、

    傷ついたときでも助けを求めたり、心を回復させることに役立つ。

    心を回復させる力――

    レジリエンスだ。

    いじめという絶対に許されない行為を受け、傷ついたとしても、傷が深くならないように、また、その傷を早く癒す力があった方がもちろん良い。

    この時に私たち大人が忘れてはいけないことがある。

    子どもたちが、SOSを出したとき、

    大人が必ず助ける。

    大人が子どもを守る行動をとらなければ、

    勇気を振り絞り、必死の想いと期待する気持ちが、

    「どうせ誰も助けてくれない」という諦めと絶望に変わる。

    いじめに向き合う責任は、大人にある

    いじめを防ぐこと、

    起きてしまったときに対応すること、

    傷ついた心を回復させること。

    その責任は、

    子どもではなく、大人側にある。

    親、学校、地域、社会。

    大人が正しい知識を持ち、

    感情論だけでなく、子どもの心を理解して関わる。

    それが、

    被害者を守り、

    加害者を立ち直らせ、

    次の被害者を生まない唯一の道だ。

    私たち大人は、

    子どもを本当に守れる社会を、

    作れているだろうか。

    作っていかなければならない。

    最後に

    次のブログでは、大人が今すぐできる、いじめへの具体的な関わり方について書きたい。


    ※本記事は、いじめ行為を正当化するものではありません。

    被害者の苦しみを最優先で守る立場に立っています。

    同時に、再発防止と回復のためには、

    子どもの心の背景と、大人の関わりを考えることが不可欠だと考えています。

    〈プロフィール〉

    葉っぱたぬき 50歳

    保健医療分野に携わってきた専門職。

    このブログでは、SNSの炎上や社会問題を、

    感情論ではなく、専門的視点から冷静に考えることを目的としている。

    誰かを断罪するためではなく、

    大人が知るべきこと、考えるべきことを言葉にしていきたい。

    ※特定の個人・事例を批判、擁護する意図はありません。

  • SNSで炎上するいじめ問題を保健医療の視点から考える① 加害者の心・境界線・大人の責任

    SNSでいじめ問題が炎上するたびに、

    「許せない」「一生許すな」「徹底的に叩け」

    そんな言葉があふれる。

    その怒りは、決して間違っていない。

    いじめは、人の心や命を奪う行為であり、決して許されるものではない。

    ただ、保健医療分野に関わってきた立場として、どうしても感じることがある。

    断罪の言葉だけでは、同じことは繰り返されるという現実だ。

    この記事では、誰かをかばうためでも、責めるためでもなく、

    いじめが起きる背景と、大人にできる役割について、専門的な視点から考えていきたい。

    いじめ加害者の心は、幸せではない

    いじめを行う子どもの心は、決して安定していない。

    そこには多くの場合、苛立ち、不安、満たされなさがある。

    暴力や言葉の攻撃は、表面上は「強さ」や「楽しさ」の表れかもしれない。

    だが、深層部分では、心の苦しさの表れであることが少なくない。

    これは、いじめを正当化する話ではない。

    いじめは決して許されない行為だ。

    ただ、背景を理解しなければ、同じことは繰り返される。

    暴力は「境界線が守れない状態」

    他人を傷つける行為の根底には、「自分と他人の境界線」がうまく保てていない状態がある。

    どこまでが自分で どこからが相手の絶対的な領域か。

    相手の心や身体は侵してはいけないものだという感覚

    これらは、生まれつき備わっているものではない。

    境界線は、幼少期に大人との関わりの中で学ぶ

    境界線は、幼少期に親や周囲の大人との関係の中で、少しずつ身についていく。

    自分は大切にされている存在だ 、同じように、他人も大切な存在だ

    この体験の積み重ねが、「相手を尊重する感覚」を育てる。

    もしその感覚を十分に感じる機会がなかった場合、悪意ではなく、知らないまま成長してしまうこともある。

    愛情は、自己肯定感と思いやりの土台になる

    幼少期の親の安定した関わりは、愛情を育てる。

    愛情は、自己肯定感、感情の豊かさ、思いやりや相手との境界線の理解の土台となる。

    決して親の愛情が足りなかったから、と親の関わりを責めている訳ではない。

    なぜなら、親も、かつては子どもだったから。

    その時、愛情をもらえたか、それは以前は子どもだった現在の親にはどうしようもないことだ。

    大切なのは、子どもへの愛情は、子どもの生涯にわたる心の土台作りになることを、理解することから始めることだ。

    知識や支援がなければ、誰にでも難しい。

    親を責めない。大人が理解し、関わり直すことが必要

    親を責めても、いじめはなくならない。

    必要なのは、幼少期からの親や周囲の大人からの愛情が、子どもの生涯にわたる心の土台を作り、豊かな人生への道標になることを理解し、子どもへの関わりを見直すことだ。

    子どもは、環境と関係性の中で変わる。

    だからこそ、大人の理解と関わりが欠かせない。

    最後に

    次のブログでは、いじめ加害者をネットで叩くだけで解決するのか、炎上と子どもの心、今後のいじめ対策としての私たち大人の責務について、専門的に考えていく。


    ※本記事は、いじめ行為を正当化するものではありません。

    被害者の苦しみを最優先で守る立場に立っています。

    同時に、再発防止と回復のためには、

    子どもの心の背景と、大人の関わりを考えることが不可欠だと考えています。

    〈プロフィール〉

    葉っぱたぬき 50歳

    保健医療分野に携わってきた専門職。

    子ども・家族・地域の健康や心の問題に長く関わってきた。

    このブログでは、SNSの炎上や社会問題を、

    感情論ではなく、専門的視点から冷静に考えることを目的としている。

    誰かを断罪するためではなく、

    大人が知るべきこと、考えるべきことを言葉にしていきたい。

    ※特定の個人・事例を批判、擁護する意図はありません。

  • 仕事始めの前夜に、高市総理に願いを込める

    いよいよ2026年が始動する。

    明日が仕事始め、という人は多いのではないだろうか。

    仕事始めの前夜、大抵の人は、心も体も明日に備えだすだろう。

    私は、食べ過ぎて浮腫んだ体を、少しでも戻そうと、昨日から食事量を減らしている。

    入浴も長めに湯船に浸かり、入浴剤の香りでリラックスした。


    夜になると、明日を憂う憂鬱な気分から、あきらめの境地に気持ちが変化してきた。

    いつもより長かったはずの年末年始の休暇は、今振り返ると、あっという間に過ぎ去ってしまった。

    仕事納めの日に、友人と焼肉を食べ、これからの長期休みの開放感に満ち溢れていた、あの日に戻りたい。

    しかし、きっと憂鬱やあきらめの境地なのは私だけではない。

    おそらく日本中の社会人、誰もが憂鬱だ。

    日本のルールで、仕事始めの日は、昔でいう「半どん」(午前中だけ勤務)にしてくれないだろうか。

    高市総理、お願いだ。

    もっと祝日を増やし、連休明けは必ず「半どん」にして欲しい。

    そっちの方が、やる気も出るし、自殺者も減り、経済も回るのではないだろうか。

    日本人は働きすぎだ。

    そんなことをこの読者の少ないブログに書き込み、実現を夢見ている。

    無理なら、目立たないように、しかし確実に、年休を消化しよう。

    とにかく無理せず、無理せず、働いていこう。

    年始のあいさつは、にこやかに。

    社会人は大変である。

  • 運気を上げる、ゲッターズ飯田さん的、2026年の過ごし方

    2026年が幕を明けた。

    私の住む地域は天候にも恵まれ、初日の出を自宅の窓から拝むことができた。

    YouTubeを見ると、ゲッターズ飯田さんや細木かおりさんの占星術による、「2026年のあなたの運気」がアップされていた。


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    自分がいったい何の星人になるのかは、AIに尋ねれば、すぐに教えてくれ、簡単に今年の運気をお二人のYouTubeで確認できた。

    気づきとして、お二人の占星術での、私の今年の運気は、よく似ていた。

    どちらも生年月日から占うもので、統計学的な部分で似るのだろう。

    幸い、大殺界などのとても注意が必要な年ではなさそうで一安心だ。

    ゲッターズ飯田さんかYouTubeで、「日頃の行いが運気を掴むことに繋がるため、どの星人が今年は運気が良いなどは、実はない」と話されていたことが、とても印象に残った。

    要は日頃から玄関の掃除をする、換気する、日々の生活や周囲の人に感謝する、など運気を上げる行動が大切と言うことだ。

    自分の運気は自分の心がけ次第。

    ならば、2026年、51歳の歳は人生最高の年にしようじゃないか。

    まずは、ダイエット。

    健康もだが、痩せて洋服やメイクでおしゃれを楽しみたい。

    そしてサウナやお菓子作り、パン作り、ネットフリックスにYouTube、愛犬の散歩など、自分が好きな時間を楽しもう。

    もちろん運気をあげるように、掃除もそれなりに気にかけよう。

    親もずいぶん歳を取った。

    「親孝行したい時には親はいない」とは、よく聞く話。

    親との時間も大切にしたい。

    ここまで書いて、気づけば仕事の内容が全く出てこない。

    仕事は私の中ではもう重要なのはものではなくなっていて、お金を稼ぐ手段でしかなくなっているようだ。

    それでも、やりがいや達成感を見出しながら、無難にこなせたらいい。

    年休をうまく取りながら、ワーク&ライフバランスを充実させよう。

    さて、皆さんはどんな年始をお過ごしだろうか。

    1日のスーパーはとても人が少なかった。

    お酒を飲み、家族で過ごしている人たちが多いということだろう。

    家族と過ごす時間は素晴らしい。

    そんなお正月の日本の文化が継続されていることを、スーパーの人の少なさから感じ取る。

    私も、本日は私の実家に顔を出し、明日は夫の実家で過ごす。

    年に一度の集まりだ。

    面倒くさいなんて思わずに、楽しい時間を過ごそうじゃないか。

    ゲッターズ飯田さん的、2026年運気の上げ方。

    明るく前向きに楽しく過ごす。

    私にも皆さんにも、たくさんの幸ある一年になりますように。

  • 年末年始の過ごし方

    もうすぐクリスマス。

    クリスマスが終われば大掃除をして、当たり前のように大晦日を迎え、そしてお正月がやってくる。

    テレビ番組でいえば、先日はM-1グランプリがあり、次は日本レコード大賞、それからNHK紅白歌合戦。

    元日以降はお笑い番組が続くという、毎年お決まりのコースだ。

    さて、皆さんは大掃除は何をするのだろうか。

    私はとりあえず最低限、カーテンを洗い、換気口と空気清浄機のフィルターを掃除し、家族全員のシーツを洗う。

    それに部屋の掃除機がけと玄関掃除ができれば、もう十分満足だ。

    しめ飾りを28日に飾り、正月花と鏡餅を玄関に置けば、完璧である。

    今年は、ふるさと納税の返礼品として、はまちの刺身も届く。

    昨年から年賀状は一切やめたので、その分、時間にも気持ちにも余裕がある。

    それに、今年の年末年始は例年より少し長い。

    ダラダラしすぎないように、と言いつつ、ネトフリを満喫し、愛犬の散歩を楽しめれば、それで十分幸せだ。

    毎年、あまり変わり映えのしない年末年始。

    でも、それがとても平和で、ありがたいことなのだと、改めて感じている。

    初日の出を楽しみ、初夢をわくわくし、新年に何となく1年の目標を立てる。

    ただ、今年の目標が何だったのか、正直覚えていない。

    きっと毎年同じような目標というか、願いを込めているのだろう。

    来年は51歳になる。

    これまでとは違い、来年は意識して、好きなことに向き合う時間を大切にしたい。

    とはいえ、無理をせず、楽しく平和に過ごすことが1番だ。

    日本、いや世界中が良い意味で慌ただしい時期。

    私もしっかり慌ただしく、そしてあれこれ楽しみたい。

    今年は、自分へのご褒美で、いつもよりは豪華に、そして優雅な気分で年末を、このオードブルとワインで過ごそうと思う。



    来年が私にとっても、家族にとっても、世界中の多くの人たちにとっても幸多い1年になりますように

  • マッチングアプリとロジック婚から、幸せや人生について考える

    今、出会いの主流はマッチングアプリらしく、50歳の私は驚いてしまった。

    何でも、友人の紹介や職場恋愛よりも、まずアプリを使う人が増えている時代とのこと。

    今日のNHK朝の番組『あさイチ』で、マッチングアプリや結婚の現状が特集されていた。

    番組では、恋愛から結婚までの考え方が以前とは大きく変わり、

    「ロジックに結婚を考える人が増えている」と紹介されていて、衝撃を受けた。

    しかし、感情がメインで進む恋愛、結婚だけではなく、

    生活や価値観を整理して、現実的に判断するロジック婚も、さまざまな価値観や選択肢がある今の時代には必要なのかもしれない。


    マッチングアプリとロジック婚は現代のお見合い?

    マッチングアプリは、単なる出会いのツールではなく、

    結婚に向けた価値観や生活スタイルを、ロジックに確認できる場、とのこと。

    ここでいう「ロジック」とは、生活や将来を整理して、現実的に判断する思考である。

    仕事やお金、住む場所、子どものことまで、 

    ある程度、計画してから関係を進めるのがロジック婚だ。

    考えてみれば、これは昔のお見合いの現代版とも言える。

    条件や価値観をある程度確認した上で、出会うところは、お見合いと似ている。

    計画通りにはいかない現実

    それでも人生には予想外のことが多い。

    育児、健康の問題、年齢とともに変わる考え方や価値観など、ロジックに進まないこともある。

    そんな想定外なことが起きた時、夫婦でうまく対応できるのか?と、50歳の私は、疑問を抱く。

    また、「ロジック婚で、恋愛感情は本当に育つのだろうか」 、「思い通りにいかない時こそ、愛があれば乗り越えられるのではないか」と考えてしまう。

    結局のところ、計画だけでは安心できないし、感情だけでも乗り越えられないことがある。

    だからこそ、ロジックと柔軟さ、愛情のバランスが大切であると考える。

    自分が感じる幸せが1番大切

    結婚を選ぶ人もいれば、選ばない人もいる。

    子どもを持ちたい人もいれば、子どもを持たず、夫婦や自分の時間を大切にしたい人もいる。

    どれも間違いではなく、自分が選ぶ幸せの形はそれぞれだ。

    計画も大事にしつつ、臨機応変に受け入れる柔軟さや、お互いを思いやる気持ち。

    それが、現代のロジック婚を現実的かつ温かいものにする。

    計画通りにいかないことがあってもいい。

    最後に、「私たちはこれでいい」「幸せ」と感じられることが1番大切だ。

    マッチングアプリからはじまる、ロジック婚。

    私にとっては、想像すらできなかった恋愛、結婚のかたち。

    とにもかくにも、若者たちの未来が幸せであることが、日本の未来を明るくする。

    マッチングアプリは幸せを見つける、重要なツールのひとつということは間違いない。

    大いに活用し、恋愛や結婚、それぞれの幸せのかたちをつかんで欲しい。

    調べてみると、年齢に応じ、50歳の私でも活用できる趣味のマッチングアプリなどあるようだ。

    ちょっと覗いてみるか。

  • 12月まで!ふるさと納税で全国の特産品を楽しもう。

    ふるさと納税。

    これまで、やっている人を横目に、

    「お得そうだけどよく分からない」と、なかなかやれずにいた。

    しかし、ある時、美容師さんに「えー!やってないんですか?もったいない!」とダイレクトに言われてしまった。

    そのことをきっかけに、「やっぱりふるさと納税は、やった方がいいんだ」と痛感し、今年になり、やっと挑戦してみた。

    私は「楽天」の、ふるさと納税をやってみた。

    ふるさと納税は、寄付額に関わらず、自己負担は基本的に2,000円となる。

    それでもって、返礼品がもらえるので、かなりお得だった。

    ちなみに、やってみようかな?と思った方は、ふるさと納税は12月までとなるので、早めに動くことをお勧めする。

    年が変わると、その年分としては、もう申し込めない。

    12月は、私のような、駆け込みで申し込む人が増えるようで、注文後、年末までに返礼品が届かないものもある。

    もう、12月だから仕方ないけど、それでもなるべく早めに対応(寄付)した方がよい。

    私が駆け込みで寄付をした所の返礼品は、牛肉、いくら、ブリの刺身、蟹、うなぎ。

    いわゆる、なかなか自分では買わない高級食材だ。

    年末年始の食材に、と思うなら、お節介かもだが、今日、明日レベルで、早めの寄付が良い。

    寄付を5カ所以内にすれば、確定申告は不要で、オンライン申請で済んだ。

    そこまですれば、後は返礼品を待ち、来年の住民税が安くなるのを、首を長ーくして、今か今かと楽しみに、待つのみだ。

    何だか先の長い、楽しみができた。

    それに、1月に入れば、また来年のふるさと納税が始まる。

    毎年、あれこれ返礼品をさがし、日本全国の返礼品を楽しんでいきたい。

    私が寄付したものはこちら↓



  • どっちか論争② 外出先でウォシュレット使うか問題

    外出先でトイレに入ったとき、

    皆さんは、ウォシュレットを使いますか?

    家では当たり前に使う人でも、

    外だとちょっと迷う…という人が、意外と多い気がする。

    私は「使う派」だけど、条件つきだ。

    新しいお店や、清掃が行き届いていそうな場所なら使う派になる。

    逆に、

    古そう、ちょっと清潔感が気になる

    そんな時は、使わない派になる。

    友達に聞いたら、意見はバラバラ。

    絶対に使わない、ノズル掃除ボタンがあるトイレなら、ノズル掃除をしてから使う、最初に出る水をお尻の皮膚に当てて、それから使う、などなど、バラエティに富んでいた。

    「みんな同じだと思ってたけど、

    意外と使い方や考え方が違うんだな」と思った次第だ。

    和式トイレの、レバー問題ほどの衝撃はないが、やはり、共感や驚きがある。

    普段は、他人にあまり聞かない、日常の小さな違い。

    互いに話してみると、なかなか面白い。

    50歳の、図太くなったメンタルで、恥じらいを多少捨てて、面白さで尋ねてみる。

    そして、普段はなかなか話さない話題に、何だか友達との距離感が縮んだ感覚を覚える。

    あなたは、

    外出先でウォシュレット使う派?

    使わない派?

  • どっちか論争 その① 和式トイレのレバー問題

    今日は少し汚い話をするので、そのつもりで読んでいただきたい。

    いきなりだが、和式トイレの水を流すレバー、かがんだ時に目の前にあるレバー、あれを皆さんは、手を使って流していますか? それとも、足を使って流していますか?

    実はこれ、「手で流す派」と、「足で流す派」がいる。

    この両派が出会った時、お互いに衝撃を受ける。

    お互いに、「ええー!?」と驚いて顔を見合う。

    打ち明けた時は、手で流す派は、世の人々に疑心暗鬼になり、足で流す派は、行儀の悪さと手でやるのが本当だよね、との良心のかしゃくから、多少の罪悪感を覚える。

    私は足で流す派だが、子どもたちに聞くと、手で流す派だった。

    もちろん、お互いに衝撃を受けた。

    現実を知った子どもたちは、今では、足で流す派に変わったようだ。

    手で流す派は、きっと誰もが手で流していると信じてやまないと思う。

    そんな純粋な人たちに、私は教えてあげたい。

    あれは、足で流す派がいる、ということを。

    だって、誰もが手で流していると信じているから、手で流す派は、自分の手がひどく汚染された自覚がない。

    そのため、トイレ後の手洗いが、入念ではない可能性がある。

    これは、足で流す派からしたら、死活問題で、恐怖でしかない。

    だって足で流す派は、レバーが最強に汚いと思っている。

    実際に、めちゃくちゃ汚いと私は思っている。

    そんな手で流す派、足で流す派が混在していたら、学校や職場など、集団の場では、汚染が広がり、不衛生である。

    それに本来の正しい使い方、手で流す派が、裏切られていることを、可哀想に思う。

    だから、私は、学校のトイレは、足で流しましょう、と周知して欲しい。

    私は声を大にして言いたい。

    純粋な僕たち、私たちよ。

    あれは足で流す派がいるから、足で流した方がいいよ。