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  • 愛犬は、あざといのか

    愛犬を2頭飼っている。

    朝、仕事に行く支度のため、パジャマから洋服に着替えた瞬間や靴下を履いた瞬間に、駆け寄ってくる。

    大好きな散歩に行けると思っているのだ。

    愛犬の勘違いで、必ず散歩に行けるわけではない。

    私が散歩に行く様子ではなく、支度を続けていると、これまた散歩ではなかったと察して、リビングに戻る。

    散歩に行きたいと駄々をこねることはない。

    ただ、リビングから私の動きをじっと観察しているのだ。

    そうそう、動きだけでなく、私の発する言葉もよく聞いている。

    「散歩」と言うワードは要注意だ。

    散歩に行くつもりではない時に、会話の中で「散歩」と発した時は大変だ。

    そのワードは聞き逃さないので、私のところに駆け寄ってきてしまう。

    いつしか、会話の中で「散歩」のワードは使わず、代わりに「あれ」や、「ちょっと行って来ようかな」と言うようにした。

    しかし、察しがよく、「散歩命」の愛犬2頭は「あれ」や「ちょっと行って来ようかな」にも反応するようになった。

    決して催促はしない。その時が来るのを、今か今かとじっと観察しているのだ。

    何と従順なのだろう。

    従順な態度を見ると、あなたたちの大好きな「あれ」になるべく行こう、という気持ちになる。

    私に「あなたちちを喜ばせたい」という気持ちをおこさせる。

    もちろんできるだけ「あれ」に行く。

    愛犬2頭の従順さに、私は良い意味で翻弄される。

    計算は決してない。

    しかし、愛犬2頭は、あざといのかもしれない。